TRANSPORTATION SERVICES Jan Academy has transportation facilities for yochien(Pre school) and Madrasa students who are residents of Kobe shi. Class Timing 17:00 to 19:00, Preschool Timing 09:00 to 17:00. Kasugai Masjid Transportation Available For Madrasa and Pre School. Routes 1. Kasugai Bus 春日井バス 2. kasugai Chuo Bus 春日井中央バス 3. Kasugai Thoubu Bus 春日井東部バス 4. Komaki Chouo Bus 小牧中央バス (Preschool Timing) 9:00 to 15:30 and (Madrasa Timing) 17:30 to 19:00

ヒジュラ暦の由来と歴史

イスラーム教の初期、ムスリムの間には暦がありませんでし た。ウマル(ラディアッラーフアンフ)がハリーファだった 時代に、アブームーサーアシュアリー(ラディアッラーフア ンフ)が手紙で「あなたや政府から色々な手紙が送られて きますが、これらには日付が記載されていません。日付が あれば記録の保持に役に立ちます。その手紙がいつ書かれ ていつ送られ、いつ届いたのか。その命令がいつ出され実 行するのはいつ、何時なのか等これら全ての事が明確にな ります。」と送りました。ウマル(ラディアッラーフアン フ)は彼の意見は理にかなっていると高く評価しました。 ウマル(ラディアッラーフアンフ)はすぐに仲間を集め、こ の意見について会議を開きました。仲間達は皆この意見に 賛同しました。ウマル(ラディアッラーフアンフ)はこの暦 の始まりをいつを基準にするべきか意見を聞きました。仲 間達からは4つの意見がでました。 1つ目の意見はこの暦は預言者(サッラッラーフアライ ヒワサラッラム)の祝福された誕生年から始まるべきだと 言いました。 2つ目の意見は預言者者(サッラッラーフアライヒワサ ラッラム)が預言者として選ばれた年から始まるべきだと 言いました。 3つ目の意見にはヒジュラ(預言者者(サッラッラーフア ライヒワサラッラム)がマッカからマディーナへの移住) の年から始まるべきだと提案しました。

最後の意見は預言者(サッラッラーフアライヒワサラッ ラム)が亡くなった年から始まるべきだと言いました。1 つ目と2つ目の意見は毎年曜日などが一致せずズレが生じ てしまう可能性があるので適切でないと判断されました。 4つ目の意見は預言者(サッラッラーフアライヒワサラッ ラム)が亡くなった年は全イスラム教徒にとって衝撃と悲 しみの年であったのでヒジュラの年から始めるのが良いと 考えました。なぜならヒジュラの年から預言者(サッラッ ラーフアライヒワサラッラム)とそのサハーバ達は恐れる事 なく堂々とアッラーを崇拝できるようになりました。そし てこの年には預言者モスクが創られた年でありこれはイス ラム教の普及の始まりでありました。 これらの理由や話し合いをもとにウマル(ラディアッラー フアンフ)とその仲間たちはイスラームの暦はヒジュラの 年から始まることに同意しました。 イスラームの初期にはバドルの戦いやマッカの征服、そ して最後の巡礼など他にも色々と重要な出来事がありまし たがこれらの出来事は年の始めには選ばれませんでした。 これらの出来事に比べてヒジュラには戦いへの勝利などと 言った華々しさはなく、逆にその時の信者達の苦難や無力 さ、イスラーム教の弱さを思い起こさせます。しかしウマル (ラディアッラーフアンフ)と彼の仲間はヒジュラを暦の始 まりの年として選んだのです。先にも述べましたが、それ はムスリム達がマッカでの困難と試練から解放され、マ ディーナという安息の地を得た事を思い出させるからです。

そしてその時からイスラム教は力を持ち、不信者たちは打 ち破られ世界の大部分にイスラム教の光が広がっていった のです。 イスラムの暦がヒジュラ暦と決まった後どの月から1年 を始めるべきかという問いが浮上しました。このことにつ いて色々な意見がでました。ラマダーンが最も優れた月であ るためラマダーンからという意見やハッジが終わり巡礼者た ちが帰ってくる月であるムハッラム月からという意見。預 言者(サッラッラーフアライヒワサラッラム)が移住した 月であるラビウルアッワル月からなどと色々な意見が出ま したが、最終的にジャーヒリーヤ(預言者様が啓示を受け る前の無知時代)から最初の月とされているムハッラム月 となりました。これらがイスラムの暦での月の名前です。

1月 ムハッラム Muharram
2月 サファル Safar
3月 ラビーウ・アルアウワル Rabial-'Awwal
4月 ラビーウ・アッサーニー Rabial-Thani
5月 ジュマーダー・アルウーラー Jumada al-Ula
6月 ジュマーダー・アルアービラ Jumada al-Akhira
7月 ラジャブ Rajab
8月 シャアバーン Sha'ban
9月 ラマダーン(断食月) Ramadan
10月 シャウワール Shawwal
11月 ズー・アルカアダ Dhu al-da'da
12月 ズー・アルビッジャ(避礼月) Dhu al-Hijja

アーシューラーの日

アーシューラーの日とは(یوم عاشوراء)ヒジュラ暦で最初 の月であるムハッラムの10日のことを指します。この日 は様々な理由でムスリムにとって重要な日となっていま す。

徳について

預言者ムハンマド(サッラッラーフアライヒワサッラム) はこの日の徳について多く伝えています。

1.イブン・アッバース(ラディアッラーフアンフ)は伝え ています。「私は預言者(サッラッラーフアライヒワサッラ ム)がラマダンの月を除いてアーシューラーの日よりも熱 心に断食する日を見たことはありません。」(サヒーフ・ブハーリー1/268、サヒーフ・ムスリム1/360,361) この預言者の行動からイブン・アッバース(ラディアッラーフアンフ)が理解したことは、アーシューラーの日の断食 に注がれる注意は、他の断食の日(ラマダンの月を除い て)にはなかったということです。

2.イブン・アッバース(ラディアッラーフアンフ)から伝 えられているところによると、預言者(サッラッラーフアラ イヒワサッラム)は、「断食をする日においてラマダンの 月とアシュラの日を上回る日はありません」とおっしゃい ました。(タブラーニとバイハキが伝えた、アル・タルギーブ・ワル・タルヒーブ2,115)

3.アブ・カターダ(ラディアッラーフアンフ)は報告して います、アッラーのみ使い(サッラッラーフアライヒワサッ ラム)は「私はアーシューラーの日に断食をすることで、 前の年の罪がつぐなわれることをアッラーから期待しています。」とおっしゃいました。(サヒーフ・ムスリム1,367、イブン・マージャ125) これらのハディースから、アーシューラーの日は非常に大き な徳と報奨をもたらす日であることが明らかです。ですか ら私たちはこの日の祝福を得るために努力しなければなら ないのです。

ムハッラムの徳とその理由アーシューラーの日と同様に、ムハッラムの月はシャリーア で特別な位置を占めています。その理由は4つあります。

1.最初の理由は、この月の徳が聖なるハディースに記され ていることです。ある人が アリー(ラディアッラーフアン フ)に尋ねました。「ラマダンの月の後、どの月に断食す べきですか?」アリー(ラディアッラーフアンフ)は答えま した、「その質問はかつてある人が預言者ムハンマド (サッラッラーフアライヒワサッラム)に尋ねたもので、私 は彼の隣に座っていました。彼は答えました、『ラマダン の月の後に断食したいなら、ムハッラムの月に断食しなさ い。それはアッラーの月です。その月には、アッラーが 人々を許し、将来他の人々を許すであろう日があります。』(ティルミズィ(1/157) また、アブ・フライラ(ラディアッラーフアンフ)からの 伝承によれば、預言者ムハンマド(サッラッラーフアライ ヒワサッラム)は言いました:「ラマダンの月の断食の後 で最も優れた断食は、アッラーの月、ムハッラムである」 (ティルミズィ1/157)。つまり、祝福されたラマダンの月 の断食の後で、最も優れた断食はムハッラムの月にありま す。 イブン・アッバース(ラディアッラーフアンフ)から伝え られている、預言者ムハンマド(サッラッラーフアライヒ ワサッラム)の言葉によれば、「ムハッラムの日に断食を する者は、三十日断食したかのような報酬を得るでしょ う。」(Al-Targhib wa al-Tarhib 2/114)

2.2つ目の理由は上記のハディース(預言者の言動を記 録したもの)は、ムハッラムが「アッラーの月」であるこ とを示しており、これは特にアッラーの慈悲が豊かな月で あることを示しているからです

3.3つ目の理由は、この月が「神聖な月」の1つである ということです。これらは他の月よりも特別な地位を持つ 4つの月で、それらはズルカアダ、ズルヒッジャ、ムハッラ ム、ラジャブの4つです。(サヒーフ・ブハーリー 1/234, サヒーフ・ムスリム 2/60)

4. 4つ目の理由は、イスラム暦の年はこの月から始まる からです。イマーム・ガザーリーは、ムハッラムの月に断食 する美徳は、年がこの月から始まるためであると述べてい ます。したがって、人々は良い行いでそれを満たし、全能 の神がこれらの日々の祝福を一年中維持してくれることを 期待すべきです。(Ihya' Ulum al-Din in Urdu 1/601)

私たちがこれらの徳のある日にたくさんのアマル(行い) をするタウフィークを与えてくださいますように。